2003年1月、カメイ財団のご支援をいただき、アメリカ東部の三つの博物館を見学、そのweb上での活動についてヒアリングする機会をいただきました。見学したのは

アメリカ自然史博物館(http://www.amnh.org/)(ニューヨーク)、

インディアナポリスこども博物館(http://www.childrensmuseum.org)、

ボストン科学博物館(http://www.mos.org/

の3館です。その他にも時間を見つけて、いくつかの博物館をまわりましたが、それはいずれ。以下はカメイ財団への報告書に書いたアメリカ自然史博物館についての文章です。 佐久間のHPへ戻る


(1)アメリカ自然史博物館(American Museum of Natural History)
              http://www.amnh.org/
a.館 の 概 要
 1869年にAlbert Smith Bickmoreの提案により、セオドア・ルーズベルトらの支持を得て、ニューヨーク市長が設立。収蔵品・研究部門・展示室の拡張を重ねて、現在に至る。近年では、1993年に新設の研究部門として、生物多様性・保全研究センター(Center for Biodiversity and Conservation)を、関連する展示室としてHall of biodiversityを増設している。さらに、1997年には、「科学理解及び教育、テクノロジーに関する国立センター(以下、科学理解センターと略す。)」(National Center for Science Literacy, Education and Technology)を設立、関連して2000年に新設されたRose Center for Earth and Spaceなど、活発な活動を繰り広げている。
 現在、アメリカ自然史博物館自体は民間の財団として独立し、収蔵品及び展示、研究設備、人員など一切を所有しているが、建物はニューヨーク市の所有であり、市当局から維持費用(年間約1億2千万ドル)の一部(2000年度で年間維持費用の16%ほど)が拠出されている。維持費用は投資運用、入館料、寄付、館の駐車場など多様な収入で成り立っている。これらは、総額6億ドルを超える巨額の純資産(総資産では10億ドルを超える)の上に成り立っており、2001.9.11のテロ以降すべての収入項目で大きな減少が目立っているものの、安定的な経営が可能となっている。職員数も常勤1200人を擁し、支出の1/3が研究部門に費やされている。研究機関としてもニューヨーク周辺の大学やアメリカ科学財団(National Science Foundation)、NASAなどと連携した世界有数の拠点施設である。
 オンライン上でも多様な活動を繰り広げており、メインのホームページの中に教育部門のホームページ(http://www.amnh.org/education)の他、研究部のホームページ(http://research.amnh.org)、機関誌Natural Historyのサイトなどがある。

b.部門構成と連携
 科学部門には、脊椎動物学・無脊椎動物学・古生物学・人類学・物理科学(天文部門を含む。)・生物多様性センターなどの研究部門と図書館・分子系統学部門などを有し、別に展示・教育・コミュニケーションなどの管理部門を持つ。これらの部門は半ば独立に、それぞれ重複する部門を持ちながらも連携して活動している。例えば、博物館サイトの主要部分のホームページはコミュニケーション部門が作成するが、同時に教育部門にもウェブデザイナーがおり教育サイトを展開している。科学部門は研究者向けサイトでより専門的な情報提供をしている。これらの各サイトは基本的に独自に活動展開しているが、例えば特別展や大きな教育プログラム、イベントなどで連携して情報提供している。(印刷物なども同様。)
 各部門はプロジェクトごとに関係するスタッフを組み入れた協力体制を敷く。常設展示の開発や特別展などが代表例だが、常設展示の中にも連携は活かされている。定期的な「科学最新情報」が科学部門から提供され、ローズセンターの展示に提供され、同時に登録した市民にオンライン版が配信されている。
 一方で、各部門の独立性も高い。教育部門が子ども向けに開発したプログラム「Ology」(http://ology.amnh.org/)などは、教育部門内部に設置された科学理解センターを中心に作られたサイトである。

c.開発の方針
 同博物館の大きな特徴は巨大な内部スタッフを抱えていることにある。ウェブ、展示端末用のプログラム、展示の美術デザイン、展示製作に至るまで、基本的には内部スタッフでデザイン・施工可能である。このため、開発時の課題は、日本の博物館でしばしば生じる外部プロダクションチームとの連携よりも、内部の部門間連携での対応となる。ウェブでいえば、各部門が提供するページへのナビゲーションが難しい。これらの各ページは対象が異なることもあり、基本的には独立しており、時には重複する内容が別の対象向けに記載されている場合がある。これらはコミュニケーション部門の調整となる。時には外部のサイトへリンクされる場合もあり、これらの場合には、その旨の警告が出されるなどの配慮がされる。
 展示などの開発は内部で完結しないものも多い。各展示室には、こうした背景を示すため、展示製作に参加した個人及び機関が全て記名されている(さらにスポンサーが記されている)。ローズセンターで公開されているスペースショー(2003年1月現在はThe Search for Life: Are We Alone?が上映中)などは、星や宇宙の描写でNASAのデーターによる協力体制で開発されていることが告知され、観覧者が、よりリアルと感じる要素となっている。
 この部門横断的かつ外部機関と共同した開発の手順は、特別展の開発においても同様である。
部門間や参加機関、スポンサーの間で意見の相違も多々生じるため、開発の中途で各部門の責任者を集めた見直し検討会も開催している。これらの中間的な戦略検討は、教育効果を高めるためにも、また同時に展示のスポンサー獲得のためにも重要である、と語られたのが印象的であった。
 現在、行われているアインシュタイン展も複数研究機関の参加とスポンサー企業の参加があり、成立している。計画中の特別展にも日本の企業・マスコミが参加を検討中とされる。今後はこれら開発へのスポンサー獲得のノウハウ取得という意味で、日本の博物館界からも、企画への参加が必要かもしれない。

d.アメリカ自然史博物館の教育活動
 教育部門を中心に、多彩かつ積極的な教育活動が展開されている。大きく分けて館内で行われるもの、遠隔地の拠点で行われるもの、オンラインで行われるものなどがあり、質的にも児童向けの学習プログラムから、高校生向け、学生向け実習、教員向けの研修、大学院生のトレーニングコースと多様である。児童向け一つとっても、博物館に通う児童、小中学校の遠足、ボーイスカウトなどの地域団体、放課後学童保育など、様々なカテゴリーを対象に関与している。(http://www.amnh.org/education/を参照)
 博物館で行われているプログラムとしては、4−5歳の子どもとその親を対象にした半年間のYoung naturalistsコース(有償、約700ドル-1500ドル)から、ニューヨーク市立大学などと連携したecoclub、ニューヨーク市と連携した少数民族の高校生のための科学教育プログラムなどがある。
 これらの教育プログラムと連携して、館内にはいくつもの学習施設がある。一般向けに開放されたディスカバリールーム以外にもYoung Naturalistsコースは展示室内の地下1階に教室があり、専任スタッフが配置されている。また民間からの資金協力も得ている。ecoclubはニューヨーク市からの協力を得ており、展示室内4階にニューヨーク市街の身近な生き物とリサイクルなどについての展示があり、ここにも専任スタッフがいる。このほかにも館内のあちこちにオープンラボ、教室がある。これらブース整備とスタッフを抱えた個別の教育プログラムに、スポンサーがついているのもこの館の特徴と言えるだろう。
 博物館外でも、バスに展示物を満載した3台のMovable Museumをはじめとして、様々なプログラムが展開されている。前述した特別展も、館外の教育活動の一環として巡回展として企画されている。学校向けの教育プログラムや放課後児童育成用プログラムなどその多くがホームページ上で解説されているので参照して欲しい。この他にも、放送プログラムとしてアメリカ自然史博物館で行っている講義を各地の8つの博物館に同時中継するシステムを運用している。また、国内外でのスタディツアーも各地で開催している。
 専門的な養成も多様である。研究部門への大学院生の受け入れ以外に、教員養成・再学習支援のコースなどがある。具体的には、各大学が行う教員養成コースの社会教育施設を利用するための基礎講座などの単位を受け持っている。加えて、教員のためのオンライン対応や研修プログラムなども数多く行っている。
 ボランティアの養成も教育活動の一環である。展示室に常駐する解説ボランティアは、無償で活動する周辺の住民だが、ボランティアとして展示室に立つまでに4ヶ月の研修を受講する必要がある。私が話したボランティアの方は、資料を入れたバックを背負い、質問に明瞭かつ丁寧な応対を見せてくれた。また、若年求職者を展示スタッフ(有給)として養成するためのコースもある。

○考  察
 わずかな訪問期間からは、この巨大な組織の全貌は把握しきれないが、巨大なResearch Museumであることがこの博物館の原点である。200人以上の研究者を擁し、それ以外にも標本管理者、研究広報のための担当者や充実した図書部門、奨学金制度の運用など、幅広い研究支援体制を持つ。3千2百万点の標本を抱えるこの巨大な研究博物館は、その重厚な研究活動を背景に、新たな活動を展開している。その一つが生物多様性・保全研究センターであり、地球環境問題の主課題の一つとなっている生物多様性に関する調査研究だけでなく、政策の提言をも行う機関である。また、科学理解センターは研究成果を広く普及するための機構であり、教育部門の活動を大幅に強化している。多様な活動の中で、アメリカ自然史博物館が現在に生きる博物館として提示している主題がこの二つの活動にあるように思う。
 例えば特別展を、誰もが見たくなるポピュラーなものを狙うのか、より科学的な内容を追求するのかというバランスについても、これらの活動成果によっては導き出されることになるのかも知れない。研究に基盤を置く博物館の活動が、今後どんな広がりを持つのか、またその上でいかに市民の支持を得るのかという課題は、日本の博物館にとっても共通する課題である。アメリカ自然史博物館の今後の活動に注視するとともに、連携できる活動については積極的に参加し、そのノウハウを取得していく必要があるように感じた。
 例えば、ホームページの多国語対応はスペイン語を除きほとんど行われていない。
教育プログラムの相互翻訳などは、双方に実りのある連携協力かも知れない。


ヒアリングの様子(私は写っていません)



報告書では以下の写真も掲載しましたが、webでは省略させていただきます。

直接アメリカ自然史博物館のホームページ(http://www.amnh.org/)をご覧ください
生物多様性展示室の分類展示。画面下側に見える端末では、その分類群の詳細から、当該分野の研究者のメッセージまでが見える。


人類学の展示に関連した教育プログラムのための講堂。館内にはニューヨークの自然を展示したミニラボや、ディスカバリールームなどいわゆる展示室以外の施設も充実している。

ミュージアムショップも充実している

ステゴザウルス。この標本のレプリカは大阪市立自然史博物館にも展示されている。館内にはこうしたレプリカを作成する専任スタッフもそろっており、特別展示や巡回展示の製作の大きな力となっている。